ネパールとヒマラヤトレッキング (三) トレッキング開始 

10月30日   早朝空港へ。ルクラ到着後 トレッキング出発 モンジョまで

朝早い飛行機に乗るために起床は6時 カトマンドゥ空港へ
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エベレスト街道はカトマンドゥから小型プロペラ機で40分のルクラの村からはじまります。
ルクラ空港は世界で一番危険な飛行場とか(なにも知らずに乗ったのでそう怖くはなかったのですが、 後でおもえば結構グループの面々、みな固い面持ちだった、、、これから始まるトレッキングへの緊張かと思っていましたが、)
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ルクラでこれからの長い道のりをサポート随行してくれる*シェルパの皆さんと対面 合流
チーフシェルパはチーフクライミングシェルパとして山下さんのエベレスト登頂に同行したビルカジさん 他3名のシェルパさん 炊事担当のシェルパさんが5人(うちシェフが二人) 皆の荷物を運んでくれるヤク2頭の世話係のシェルパさんが2人で計11名
私達が山下さんをふくめて11人 計22人のちょっとした集団となりました。

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ルクラの町を出発 モンジョ(2700m)までのトレッキングを開始

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ルクラからバクディン(帰路はここで一泊しました)を経てドゥードゥ
・コシ沿いに歩いてモンジョまで 6時間の歩行 



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青い青い空にそびえて立つ皇帝ダリア
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シェルパ族が「聖なる川」として崇めているドゥード・コシに架かる吊り橋を渡ります。

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モンジョでロッジ泊り
長い一日でした。 当然クタクタでロッジのベッドに用意された寝袋(はじめての寝袋体験)にもぐりこみ 倒れるように眠りにつきました。
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*シェルパとは


シェルパ(しぇるぱ)
[ 日本大百科全書(小学館) ] .
sherpa

ネパール・ヒマラヤの登山時に雇用される案内人。チベット語では「東の人」の意味。東部チベットにいた人々が18世紀中ごろヒマラヤを越えて南下、農業や牧畜を業とした。現在はエベレスト山南麓(なんろく)のソロクンブ地方を中心とする3000メートル以上の高所に住むチベット系ネパール人の総称であり、またカースト名でもある。宗教はチベット仏教(ラマ教)がおもで、性質は温順かつ明朗、高度順化に富む強健な体質から、各国の登山隊に初めはポーターporterとして雇用されたが、のちにポーターとは区別して登山の直接的な協力者として一躍有名になった。

エベレストの初登頂者の一人テンジンTenzing Norgay(1914―86)や、日本のマナスル隊などに同行し、その後1961年大阪市立大学のランタン・リルン隊に同行中遭難死したガルツェンGyaltsen Norbu(1918―61)らは優秀なシェルパ頭(サーダー)であった。その後、シェルパ登山組合が組織され、雇用規定なども定められている。ネパールでのヒマラヤ登山やトレッキングでは、シェルパの協力が必要である。カラコルム方面ではシェルパは住んでいないのでハイポーターとよび、登山技術を必要としない低地のみのローポーターと区別している。
[ 執筆者:徳久球雄 ]
by machiko11m | 2012-11-21 00:32 | ネパール ヒマラヤトレッキング | Comments(0)

ガーデニング 里山歩き フラワーアレンジメントなど花に囲まれて過ごす日々の記録です。  


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